商品化する言葉=大日本愛国党・岩田雅史=

1138号より 

 もし玉砕して、そのことによって祖国のひとたちがすこしでも生を楽しむことができれば祖国の国威がすこしでも強く輝くことができればと切に祈るのみである。

遠い祖国の若き男よ
強く逞しく、朗らかであれ
なつかしい遠い祖国の若き乙女たちよ
清く美しく 健康であれ
(玉砕せる一兵士の手記より)
 
 祈りとは、人智を超えたある大いなるものへの敬虔な姿勢である。あまりにも儚き願いなればこそ他者をしてその魂を震撼せしむ。非情悲惨、極限の状況下に遺された数々の言葉に、日本人の涙を知る夏である。
 
 言論が氾濫している。主張が氾濫している。嘗て市井の日本人が祈りにも似た敬虔な思いを託した「言の葉」が、無責任な言論と野放図な自己主張に覆い隠され、物質的な充足を以て事足れりとする思潮の中で言語は商品化していった。対価を求める言葉、利害が計算された言論。かくて冒頭の如き英霊の声は経済復興の雑踏に蹂躙せられ、その上に外見は宏大壮麗なる砂上の楼閣が立った。

 「歴史とは過去と現在の対話である」と言ったのはE・H・カーだが古来歴史書に多く「鏡」の字を用い現在と往時を一対として捉えてきた日本人の感覚は、亡き人々の魂魄を己がうちに感得することをして生成されたものであった。即ち「今を生きる」とは単なる時間の経過を意味しない。時という極めて不確かなものの中で自己を過去から連なる人々と、まだ見ぬ明日の末裔を締結せしむる接合部として認識することである。このむすびの感覚を戦後社会が喪失したところに、今日の混迷がある。

 「人のイヤがる事をすることはないでしょう」と言ったのは生徒を指弾する教師ではなく、わが国の総理である。「人の嫌がる事」とは何だろうか。恣意的に決することのできる「嫌がる事」を一国の総理が忖度して行動しなければならない国とは何だろうか。大御心のまにまに献身することを誓った民が鎮まる靖国の杜を外交の具に供して憚らない総理と、所謂A級合祀の直後に例大祭に参拝し、「人がどう見るか、批判はその人に任せる」と言いきった故・大平総理とは為政者の覚悟として百年の懸隔がある。

 多くの父祖が、社稷存亡の秋に死に赴いた。理屈がどうあれあまた先人が国難に殉じたのは事実である。いかな人心を喪失した世とは云え、建築の天漢を摩する現代が父祖の屍の上に成り立っているのは事実ではないか。歴史は無機質な年表の羅列ではない。父祖たちの歩んだ苦難の道程である。為政者として図らずも立場を異にすることもあろう、望まずも主義を齟することもあろう。然し、今は亡きとは云えこれ同胞ではないか、国家の柱石ではないか、そしてわれらが父祖ではないか。
 
 日本は自由と民主主義の国という。戦後日本は戦前の忌まわしい反省から出発したという。街頭には「非核平和都市宣言」が乱立し「戦争の悲惨さ命の大切さ」は間投詞の如く乱発されている。異端は排撃され言葉狩りが時代の趨勢となった。然し良識ある人々は気付いている。誰も反対できない素晴らしい言葉を次々と生み出すこの社会が同時に、実の子に保険金を掛けて殺害する母親の如き獣を生み出していることを。
 
 頻発する兇悪事件はありていに云えば人間らしさの欠落である。一面の焼け野原を前に、父祖が誓った思いとは何か。六十有余年、日本人は何の為に刻苦奮励して来たのか。まさか人面獣心の若人達を輩出せしむ為ではあるまい。
 
 「親が話を聞いてくれないので、大事件を起こせば名前が出ると思ってやった。」その為に人を殺すと言う。「命の尊さ」が声高に叫ばれる時代に平然と突き刺さるナイフ。「死は鴻毛よりも軽し」が風潮の時代に遺された、他人を思いやり慈しむ言葉。どちらが人の世か、どちらが日本か。普遍的な価値というものは自由と民主主義なる近代的概念や平和の尊さといった商品化された言葉には存在しない。永年培われた風土の中で自然に馴致されてゆくものである。共同体の成員としての規矩が自然に表されている冒頭の手記を見よ。
 
 際限もない自由に恵まれた現下日本に問う。遠い祖国の若き男は、強く逞しく朗らかか。懐かしい遠い祖国の若き乙女たちは、清く美しく健康か。我々は英霊の祈りの前に、慄然として立ち尽くすしかあるまい。答えに窮するしかあるまい。その至純の祈りの前に、あまりにも変貌し退化したその姿を晒せるか。できる事といえば商品化した言葉を用いて「平和の尊さ」をおざなりに語ることぐらいであろう。
 
 父祖の歴史は尊き遺産である。その比類なき遺産あるがゆえにわが国は世界に伍して一定の地位を占めている。然し哀しいかな遺産は形骸化しつつある。我々が斯かる遺産を正しく咀嚼し再生産してゆかねば、日本は原始的欲求のみが支配する禽獣の国となり下がるしかあるまい。
 
 「遠い祖国」を繰り返し、二度めはその前に「懐かしい」と付け加えつつ非命に斃れた英霊を思う我々の涙腺が枯渇することはない。真の言葉を以て、ともに祈ろうではないか。
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by boukyoupress | 2008-09-10 08:54 | 時局厳正論

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